新座市 野火止 平林寺 3 増田長盛のお墓 など

 台風の低気圧やPMS諸々で体調を崩して寝込んでいる間に、九州が大変なことになっていた。こんな時は言葉も無い。

 一方取水制限10%の埼玉県は、一昨日も昨日もとっくに梅雨明け後のようなカンカン照りだった。今日は朝から雲多めで、それでも普通にお陽様照っている上にかなり暑い。

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 平林寺 2からのつづき。

 「片割れ地蔵」

 もとは1対だった地蔵の片方を平林寺に祀ったといわれています(平林寺・境内案内より)。


 平林寺・境内案内 http://www.heirinji.or.jp/about/keidai.html

 もう片割れのお地蔵さんは何処に居る?離れ離れでは可哀想。

 平林寺 2 http://zabutonguma.blog.fc2.com/blog-entry-393.html


2017年 6月17日 新座市 野火止 平林寺 片割れ地蔵


 「半僧坊感応殿」(はんそうぼうかんのうでん)

 神社かなーと思ったら違った。

 臨済宗方広寺(静岡県)の奥山半僧坊大権現を起源とし、神秘不可思議な神通力を持つ「半僧坊」を祀ります。
 平林寺半僧坊は、鎌倉建長寺と並ぶ三大半僧坊のひとつとされ、毎年4月17日には半僧坊大祭が盛大に催されます。
 平林寺・境内案内より)>

 半僧坊大祭は、毎年4月17日に開催されるっぽい。この日が休日だったらなぁ。

 調べてみたら、一番近いので2021年(土曜日)と2022年(日曜日)か!

 …盛大なお祭りのようだし、1度ぐらい公介氏に有給を取って貰って行ってみないことには後悔しそう。


2017年 6月17日 新座市 野火止 平林寺 半僧坊感応殿


 この日も梅雨入り後とは思えないカンカン照りだったけど、雑木林(散策路)のお陰で頭の天辺へのダメージは少なかった。こんな感じの所を長時間歩くのはそんなに苦じゃない。


2017年 6月17日 新座市 野火止 平林寺 散策路 12017年6月17日 新座 野火止 平林寺 散策路 2


 「平和観音」

 特に案内板も無く(見落としただけ?)、詳細不明。ココ平林寺の案内板は、全体的に文字がかすれて読み難い&読めなくなっているものが多くて残念だったです。


2017年 6月17日 新座市 野火止 平林寺 平和観音


 島原の乱の供養塔。乱の指導者である天草四郎に松平信綱(知恵伊豆)が加われば、山田風太郎の「魔界転生」。自分は小説と漫画を何度か読み返しただけで、ジュリー(沢田研二)が天草四郎役を演じた映画は見たこと無い。

 山田風太郎は一時期ホントにはまって大好きだけど、「魔界転生」はそんなに面白い方だと思わなかった。

 魔界転生 wikリンク

 お陰で何度か読み返したにも関わらず、内容はあまり覚えていない。ファンタジー過ぎる伝奇ものは性に合っていないのだろうか。公介氏は大好きっぽい。

 山田風太郎ならば「妖説太閤記」の方が、「秀吉ってホントにこんなヤツ(歪みきっている)だったのかも知れないなー」というリアリティを感じてキモ面白かったよ。コレは何度読み返したか覚えていないほど大好き。

 島原の乱 供養塔

 寛永十四年から十五年(1637~38)にかけて肥後国天草の農民が、キリシタン信者と結合起こした大反乱を、大河内松平家の祖である松平伊豆守信綱が収めたことに由来する「島原の乱」の供養塔です。
 この戦いによって亡くなった人たちの霊をなぐさめるためと、先祖の松平伊豆守信綱の足跡を知らしめるために、三河国吉田藩松平伊豆守の家臣である大嶋左源太が、文久元年(1861)に大河内松平家の菩提寺である平林寺に県立したものです。
 (案内板より)


2017年 6月17日 新座市 野火止 平林寺 島原の乱 供養塔


 「見性院供養塔」

 武田信玄の娘で、本能寺の変の際に家康と別行動を取ってアッサリ死んでしまった穴山梅雪の奥さん、見性院の供養塔。お墓は緑区にあるそうだ。

 このヒトは家康に助けられて秀忠と侍女・静さんとの間の子供・保科正之を隠し育てた実績があり、その辺の話はみなもと太郎の「風雲児たち」が解り易い上に切なくて面白かったなぁ。


2017年 6月17日 新座市 野火止 平林寺 見性院 宝筐院塔


 増田長盛の墓。特別好きってわけでも無いけど、秀吉の時代に活躍した武将として凄まじく有名だし、コーエーのゲームでも政治の数値が高かったので重用しない手は無かった。関ヶ原で改易されちゃったけど…(仕方あるまい)。

 思っていたより随分小ぢんまりとしたお墓だったな(仕方あるまい)。

 せっかくの大きな案内板は、やはり文字が消えかけていて上手く読めなかった。ホント残念。


2017年 6月17日 新座市 野火止 平林寺 増田長盛の墓


 夏目漱石の小説『草枕』に登場する熊本小天温泉の美人「那美」のモデルとされる前田卓(まえだつな・1868~1938)の墓です。

 戒名 雪庭院然松慧卓大姉

 前田卓の養子となった哲学者前田利鎌(前田とがま・『宗教的人間』の著者、1898~1931)の墓
 
 戒名 甚快院南泉利鎌居士

 「智に働けば角が立つ。状に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」という有名な書き出しで始まる夏目漱石の代表作の一つ『草枕』に登場する印象的な美人「那美」のモデルとされる「前田卓」(卓子とも)と、『宗教的人間』・『臨済・荘子』の著者として知られる前田利鎌の墓所です。二人は熊本小天の名家前田家の出身で、利鎌は卓の異母弟。後に養子となっています。
 二人の父は前田案山子、衆議院議員として自由民権運動に活躍した人です。骨董通の老人としてやはり『草枕』に登場しています。
 漱石は明治三十年熊本五高の教師時代に同僚と小天温泉に遊び、前田家(「那古井の宿」)を訪れ卓や案山子と出会っています。
 その旅の印象を後に小説にしたのが『草枕』です。
二人は後に上京し漱石と再会、利鎌は一高・東大と進学し哲学を修める一方で、夏目家に頻繁に出入りして晩年の漱石から薫陶を受けています。

 平林寺には東工大教授となってから学生と共に熱心に参禅に訪れていましたが、惜しくも腸チフスのために三十四歳の若さで病歿、卓によってここに葬られました。
 卓は上京後辛亥革命の支援等に活躍しましたが、利鎌没して七年の後七十一歳で逝去、利鎌とともにこの地に眠りました。
 (案内看板より)


2017年 6月17日 新座市 野火止 平林寺 前田卓(つな)の墓


 冒頭の書き出しは何故か何となく知っていたけど、最後まで読んだこと無いので「草枕」だとは知らんかった。「吾輩は猫である」「坊ちゃん」ぐらいしかマトモに読んだこと無い(ありがち)。

 つづく。


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